2009年 11月 09日
白井光子さんとヘルさんのリートデュオ |
前から行きたいと願っていた白井光子さんの演奏会に行くことが出来ました。今回の来日は夏頃から分かっていたのですが、当初の海外出張と重なるので断念していました。それが、当方が行くのではなく先方から来ることになり東京にはいたのですが、仕事で行けずがっかりしていました。ところが神楽坂のトッパンホールにブラームスを聴きに行かれたNEXTNEXTさんの日記で、この後も福島県のいわきのホールで金曜の夜と日曜の午後に演奏会があると言う事を知りました。いわきのホールの演奏会については知りませんでしたので、まだ聴けるならと急遽、金曜のオールシューマンプログラムに行くことにしました。いわき市は昔の平市です。常磐道で行けば二時間半ほどで行けます。私のところからは車ならアクセスがよく、下道を通って横浜のホールに行くのとさほどは変わりないのです。前日は二週間ぶりの休養に当てていたので、元気があったのかもしれません。
渋滞もありますので早めに東京を出ました。順調で六時前にはいわきに着くことが出来ました。水戸を過ぎる頃にはすっかり暗くなり、また新しいホールなのでナビにも乗っていませんでしたので、インターネットで検索した場所を頼りに市役所に向いました。ホールは市役所の隣でした。市役所の駐車場が無料で開放されています。土地に余裕がある地方の特権ですね。新設されたホールは落ちついたデザインで静かな環境にありました。 その静かなホールを散策して、演奏会の前に軽く食事をとることにしました。ホールの中のイタリアンレストランでおいしいピザとパスタを頂きました。奥の席でピアニストのヘルさんが関係者の方と英語で談笑されていました。CDで知っている若い頃と違い落ちついた感じでした。ドイツの音楽大学の学長さんですから当たり前なのですが、、。
ホールは定員二百名の小ホールでしたが、大ホールとは別棟で独立した感じが良かったです。東京からの人は関係者ぐらいで、殆どは地元の方々でした。ゆったりとしたホールでゆっくりとした時間が流れていました。ヨーロッパの地方都市と同じ感覚です。木の椅子に座り開演を待っている時間もなんだかゆっくりと流れていて音楽が始まる前から、気持ちよくなって行きます。こじんまりとしたホールは木で作られていて、杉並の小ホールの無機質な感じとは違い安らぎがあります。
さて今日のプログラムは私の一番好きなシューマンです。
リーダー・クライスop.39(ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩)
異郷で/間奏曲/森の語らい/静けさ/月夜/美しき異郷/古城にて/異郷で/悲しみ/薄暮れ/森の中で/春の夜
* * *
歌曲集「ミルテの花」op.25 より
献詞(リュッケルト)/くるみの木(モーゼン)/ぼくの心は重い(バイロン)/ひとりぼっちの涙は何を望む(ハイネ)
女の愛と生涯 op.42(アルベルト・フォン・シャミッソーの詩)
彼に会って以来/彼は誰よりも素晴らしい人/わからない、信じられない/わたしの指の指輪よ/手伝って、妹たち/やさしい人、あなたは見つめる/わたしの心に、わたしの胸に/今、あなたは初めてわたしを悲しませる
小柄な白井光子さんと、先ほどお見受けした優しいヘルさんのお二人がニコニコして舞台に出て来られました。しかしリーダー・クライスの演奏が始まると空気が一変しました。いっぺんに冷たい風が吹き、荒涼とした風景が出現します。ピアノはシュタインウェイです。まだ新しい所為か、ペダルを離す時に少し音がにじみますが、蓋が大きく開かれているので、音が通常より大きめに聴こえます。ピアノに包まれた感じで声が聴こえてきます。ご病気前の声を聞いていないので、CDでの録音との比較になりますが、バランスが小さめで、歌うより語ると言う感じで聴こえてきました。
このリーダークライスは何時も聴いていますので、安心して聴けましたが、解釈がやはり時代とともに変わって来たのでしょう。ピアノに寄り添い、時には寄りかかり語る様に歌って行きます。会場で配られた対訳のプログラムがとても役に立ちました。訳も適切で、何よりもドイツ語と訳詩が判りやすく印刷されています。でも、二曲、三曲目と歌い進んで行くうちに声は大きく聴こえ始め、ピアノと文字通りデュオを始めました。ヘルさんのピアノも躍動感に満ちた演奏を奏でます。五曲目のMondnachat(月夜)にかかると、ドビッシー風のメロディーがピアノで語られ、深い大きな大地にひろがる月夜の風景が奏でられました。古城では冬の旅のライエルマンの様に静かな老兵が語られます。この曲では、Still (静か)と言う言葉が一曲目、二曲目、そして題名にもなっている四曲目、五曲目、七曲目とうたわれ、その度に違う静けさが表現されます。そして十曲目からは一転してざわめきとなります。その対比が素晴らしかったです。
休憩を挟んで、第二部は、「ミルテの花」からリュッケルトの「献詞」、モーゼンの「くるみの木」、バイロンの「僕の心は重い」、そしてハイネの「ひとりぼっちの涙は何を望む」の四曲でした。特に「僕のこころは重い」では、ピアノも声も深くくらい音を出していて驚きました。
続いて、すぐに「女の愛と生涯」に続きました。二曲目の「彼は誰よりも素晴らしい人」では、朗々と歌われる中にも終曲の哀しみが見えてきます。歌い進むに付けて白井さんの人生とオーバーラップして来たのは私の深読みでしょうか?シューマン特有のピアノと歌が絡みあい、掛け合い、競い合うのです。ピアノは伴奏ではなく共演者となっています。シューベルトでは、光の演出者の様なピアノが、バックグラウンドを語るのでは無く歌と共演しています。
最終曲の「今、あなたが初めて私を悲しませる」では、最終フレーズの Da hab ich dich und mein verlornes Glueck, Du meine Welt ! あなたが私の世界の全てなのだから、、と歌いきるとピアノは一旦深く暗い淵を覗いた後、冒頭の曲「彼にあって以来」の主題を歌って行きます。何と素晴らしい演奏なのでしょうか。ヘル氏自身の思いも乗せ、歌の力が時の歩みを再現して行くのです。最後のペダルが離されるまで聴衆が息をのんで聴いているのを感じました。そして誰よりも白井さん自身がその演奏を聴きながら、身を委ねている至福の時だった様に感じました。 Die Welt is leer. Geliebet hab ich und gelebt, ich bin Nicht lebend mehr. 世界は虚しく、わたし自身は愛し、そして生きた。もう私は生きてはいないと、、。
帰りの常磐道は暗い道ですが、日立のトンネルを抜けると明るい水戸の灯りが見えてきます。素晴らしい余韻に包まれたまま、順調に走り、11時過ぎには戻って来れました。久しぶりに充実した演奏会でした。明日は、冬支度の為に中央道を走らなければなりませんが、今日はゆっくりと休めそうです。
渋滞もありますので早めに東京を出ました。順調で六時前にはいわきに着くことが出来ました。水戸を過ぎる頃にはすっかり暗くなり、また新しいホールなのでナビにも乗っていませんでしたので、インターネットで検索した場所を頼りに市役所に向いました。ホールは市役所の隣でした。市役所の駐車場が無料で開放されています。土地に余裕がある地方の特権ですね。新設されたホールは落ちついたデザインで静かな環境にありました。
ホールは定員二百名の小ホールでしたが、大ホールとは別棟で独立した感じが良かったです。東京からの人は関係者ぐらいで、殆どは地元の方々でした。ゆったりとしたホールでゆっくりとした時間が流れていました。ヨーロッパの地方都市と同じ感覚です。木の椅子に座り開演を待っている時間もなんだかゆっくりと流れていて音楽が始まる前から、気持ちよくなって行きます。こじんまりとしたホールは木で作られていて、杉並の小ホールの無機質な感じとは違い安らぎがあります。
さて今日のプログラムは私の一番好きなシューマンです。
リーダー・クライスop.39(ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩)
異郷で/間奏曲/森の語らい/静けさ/月夜/美しき異郷/古城にて/異郷で/悲しみ/薄暮れ/森の中で/春の夜
* * *
歌曲集「ミルテの花」op.25 より
献詞(リュッケルト)/くるみの木(モーゼン)/ぼくの心は重い(バイロン)/ひとりぼっちの涙は何を望む(ハイネ)
女の愛と生涯 op.42(アルベルト・フォン・シャミッソーの詩)
彼に会って以来/彼は誰よりも素晴らしい人/わからない、信じられない/わたしの指の指輪よ/手伝って、妹たち/やさしい人、あなたは見つめる/わたしの心に、わたしの胸に/今、あなたは初めてわたしを悲しませる
小柄な白井光子さんと、先ほどお見受けした優しいヘルさんのお二人がニコニコして舞台に出て来られました。しかしリーダー・クライスの演奏が始まると空気が一変しました。いっぺんに冷たい風が吹き、荒涼とした風景が出現します。ピアノはシュタインウェイです。まだ新しい所為か、ペダルを離す時に少し音がにじみますが、蓋が大きく開かれているので、音が通常より大きめに聴こえます。ピアノに包まれた感じで声が聴こえてきます。ご病気前の声を聞いていないので、CDでの録音との比較になりますが、バランスが小さめで、歌うより語ると言う感じで聴こえてきました。
このリーダークライスは何時も聴いていますので、安心して聴けましたが、解釈がやはり時代とともに変わって来たのでしょう。ピアノに寄り添い、時には寄りかかり語る様に歌って行きます。会場で配られた対訳のプログラムがとても役に立ちました。訳も適切で、何よりもドイツ語と訳詩が判りやすく印刷されています。でも、二曲、三曲目と歌い進んで行くうちに声は大きく聴こえ始め、ピアノと文字通りデュオを始めました。ヘルさんのピアノも躍動感に満ちた演奏を奏でます。五曲目のMondnachat(月夜)にかかると、ドビッシー風のメロディーがピアノで語られ、深い大きな大地にひろがる月夜の風景が奏でられました。古城では冬の旅のライエルマンの様に静かな老兵が語られます。この曲では、Still (静か)と言う言葉が一曲目、二曲目、そして題名にもなっている四曲目、五曲目、七曲目とうたわれ、その度に違う静けさが表現されます。そして十曲目からは一転してざわめきとなります。その対比が素晴らしかったです。
休憩を挟んで、第二部は、「ミルテの花」からリュッケルトの「献詞」、モーゼンの「くるみの木」、バイロンの「僕の心は重い」、そしてハイネの「ひとりぼっちの涙は何を望む」の四曲でした。特に「僕のこころは重い」では、ピアノも声も深くくらい音を出していて驚きました。
続いて、すぐに「女の愛と生涯」に続きました。二曲目の「彼は誰よりも素晴らしい人」では、朗々と歌われる中にも終曲の哀しみが見えてきます。歌い進むに付けて白井さんの人生とオーバーラップして来たのは私の深読みでしょうか?シューマン特有のピアノと歌が絡みあい、掛け合い、競い合うのです。ピアノは伴奏ではなく共演者となっています。シューベルトでは、光の演出者の様なピアノが、バックグラウンドを語るのでは無く歌と共演しています。
最終曲の「今、あなたが初めて私を悲しませる」では、最終フレーズの Da hab ich dich und mein verlornes Glueck, Du meine Welt ! あなたが私の世界の全てなのだから、、と歌いきるとピアノは一旦深く暗い淵を覗いた後、冒頭の曲「彼にあって以来」の主題を歌って行きます。何と素晴らしい演奏なのでしょうか。ヘル氏自身の思いも乗せ、歌の力が時の歩みを再現して行くのです。最後のペダルが離されるまで聴衆が息をのんで聴いているのを感じました。そして誰よりも白井さん自身がその演奏を聴きながら、身を委ねている至福の時だった様に感じました。 Die Welt is leer. Geliebet hab ich und gelebt, ich bin Nicht lebend mehr. 世界は虚しく、わたし自身は愛し、そして生きた。もう私は生きてはいないと、、。
帰りの常磐道は暗い道ですが、日立のトンネルを抜けると明るい水戸の灯りが見えてきます。素晴らしい余韻に包まれたまま、順調に走り、11時過ぎには戻って来れました。久しぶりに充実した演奏会でした。明日は、冬支度の為に中央道を走らなければなりませんが、今日はゆっくりと休めそうです。
by TANNOY-GRF
| 2009-11-09 02:08
| 演奏会場にて
|
Comments(5)
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TANNOY-GRF at 2009-11-09 13:43
NEXTNEXTさん
演奏会の情報ありがとうございました。
眼前で見れて本当に良かったです。
演奏会の情報ありがとうございました。
眼前で見れて本当に良かったです。
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NEXTNEXT
at 2009-11-09 22:31
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GRFさん
こちらこそ白井さんを教えていただいて本当にありがとうございました
GRFさんが詳しく書かれているように、声量とか艶とかそんなものではない、深い世界が目の前に開けてきました
「歌」の世界はまだまだ初心者なのでよろしくお願いします
こちらこそ白井さんを教えていただいて本当にありがとうございました
GRFさんが詳しく書かれているように、声量とか艶とかそんなものではない、深い世界が目の前に開けてきました
「歌」の世界はまだまだ初心者なのでよろしくお願いします
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GRFの部屋
at 2009-11-10 13:59
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ドイツリートは、やはり冬の季節がよく似合います。真夏に冬の旅は聴けませんもの。
香港やシンガポールに行った時、一年を通して住めないなと思うのはこのような景色が見られないからかもしれません。
11月からが、私の音楽シーズンの始まりまです。
香港やシンガポールに行った時、一年を通して住めないなと思うのはこのような景色が見られないからかもしれません。
11月からが、私の音楽シーズンの始まりまです。
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adie
at 2009-11-11 21:49
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遠路、ご来聴いただきまして本当にありがとうございました。白井さんとヘルさんのお蔭で、私どもも大変貴重な体験・勉強をさせていただくことができましたし、何よりコンサートをお楽しみいただけたのが、最高の喜びでした。
本当にありがとうございました。
本当にありがとうございました。
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GRFの部屋
at 2009-11-12 09:19
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adieさん
ありがとうござました。
これからも、いい企画を立てて、ご案内ください。
ありがとうござました。
これからも、いい企画を立てて、ご案内ください。