2006年 07月 15日
古城街道から |
フランクフルトから小一時間南へ走ると、古城で有名なハイデルベルグがあります。マンハイムからハイデルベルグを通って、ライン川の支流のネッカー川沿いにさかのぼっていく道は、古城街道と呼ばれ、中世のお城が、ネッカー川がカーブするところに建てられています。
ある6月の日に、ゆっくりと行き先のあても無くこの川を遡ってみました。ヨーロッパで車を運転された方が、一様に感心されるのが、道路標識の解りやすさです。どこまでも道が繋がっているヨーロッパでは、どこを通っても行く道はあります。だからこそ、自分がどの方向に走ればいいのかが必ず解るよう、標識は書かれています。どんなに山の中でも、自分の行く方向の一番大きな都市の名が必ず書かれているから、間違えません。
大陸では、水量が豊富ですから、山の中を通っている川も満々と水を抱えていますから、大型船の航行が可能です。日本では見られない光景に驚かされます。例えていえば、信州と越後の国境を流れる信濃川に大型船が航行していると思ってください。車が出現する前は大量移送はすべて船に頼っていました。ライン川では方々に通行税を取る川の関所が設けられています。航行の安全の保証の代わりに通行税を徴収していた訳です。 山の中を流れるネッカー川も重要な航路で、その流れに沿って城が構えられたのも当然です。川が蛇行するところには必ず建てられた城はそのまま残り、いまでは古城街道と呼ばれて観光用に解放されていますが、今でも、城主の子孫が住んでいて、非公開のお城もあります。
私たちが、船着き場のヨットに近寄っていくと、何びりと昼寝をしていた船主が声をかけてきました。自分たちは一月の休暇を取って、川をのんびりと下っていると、ゆっくり釣りをでもしながら、白ワインを飲み、昼寝をする旅だそうです。車で移動をする私たちには考えもつかないゆっくりした時間が流れているのでしょう。とても印象に残っています。
その船着き場を見下ろす古城のレストランで、ドイツにいく楽しみになった、ホワイトアスパラガスを頂き、ヨットの大王を真似して白ワインを頂きました。
ある6月の日に、ゆっくりと行き先のあても無くこの川を遡ってみました。ヨーロッパで車を運転された方が、一様に感心されるのが、道路標識の解りやすさです。どこまでも道が繋がっているヨーロッパでは、どこを通っても行く道はあります。だからこそ、自分がどの方向に走ればいいのかが必ず解るよう、標識は書かれています。どんなに山の中でも、自分の行く方向の一番大きな都市の名が必ず書かれているから、間違えません。
大陸では、水量が豊富ですから、山の中を通っている川も満々と水を抱えていますから、大型船の航行が可能です。日本では見られない光景に驚かされます。例えていえば、信州と越後の国境を流れる信濃川に大型船が航行していると思ってください。車が出現する前は大量移送はすべて船に頼っていました。ライン川では方々に通行税を取る川の関所が設けられています。航行の安全の保証の代わりに通行税を徴収していた訳です。
私たちが、船着き場のヨットに近寄っていくと、何びりと昼寝をしていた船主が声をかけてきました。自分たちは一月の休暇を取って、川をのんびりと下っていると、ゆっくり釣りをでもしながら、白ワインを飲み、昼寝をする旅だそうです。車で移動をする私たちには考えもつかないゆっくりした時間が流れているのでしょう。とても印象に残っています。
その船着き場を見下ろす古城のレストランで、ドイツにいく楽しみになった、ホワイトアスパラガスを頂き、ヨットの大王を真似して白ワインを頂きました。
by TANNOY-GRF
| 2006-07-15 13:59
| 旅の空
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