2018年 04月 19日
東京春祭 レオンスカヤ シューベルト連続演奏会 最終日 |
今年の東京・春・音楽祭は、先週のローエングリーンと、最終日に近い4月14日のダブルヘッダーだけの参加です。ダブルヘッダーとは、14時からレオンスカヤのシューベルトの連続演奏会の最終日と19時からのベルリン・フィルのプリンシパルたちの三重奏曲集でした。
翌日の夜になって、さすらい人をレコードとCDとで聞き比べました。このレコードは63年、リヒテル48歳の時のパリでの録音です。後半の展開部はリヒテル特有の時として怖ささえ感じる演奏ですが、レオンスカヤは集中しても、安心して聞いて入られます。しかし、見事な演奏でした。
東京・春・音楽祭へ一番通ったのは、三年前の2015年です。ヤノフスキー・N響のワルキューレとメルニコフのドビッシーとショパンの二回の演奏会、そして、レオンスカヤの二回の公演。そのたった二晩の公演だけのために、ウィーンからレオンスカヤとボロディン弦楽四重奏楽団を呼んだのです。その時のレオンスカヤのソロコンサートは、シューベルトの19番ハ短調・20番イ長調・21番変ロ長調の最後の三大ソナタでした。そこにはレコードで長年親しんできたレオンスカヤがいました。力強い音楽にスタインウェイの鋼の響きが聞こえました。しかし、その鋼鉄の音とシューベルトの音楽に少しだけ違和感がありました。
その、2015年の音楽祭は、リヒテルの生誕100年を記念したプログラムが組まれており、リヒテルと親交のあったレオンスカヤ、最後の弟子と言われているメルニコフが呼ばれていました。そしてメルニコフはドビッシーの才能溢れる多彩な響きに驚かされました。レオンスカヤは、ボロディン四重奏団との演奏の時は、ヤマハのピアノ使ってきました。今回のレオンスカヤのシューベルトの連続演奏会では、リヒテルと同じヤマハで弾かれているそうです。
レオンスカヤの姿は三年前と同じようなスタイルですがやはり三年の時は流れているのですね。前回は、一回だけの演奏会だったので、曲の流れには影響のない程度の指の動きの渋さが感じられました。演奏を聴いていると、そんなことはどこかに飛んで行きましたが。
今日のプログラムの第一曲めのピアノソナタ11番は、あまり演奏されません。予習をしようと思ったら、リヒテル本人の東京の演奏会からの録音と、ケンプの全集を当たらなければなりませんでした。その両方が素晴らしい演奏なのです。そして、レオンスカヤの演奏は、リヒテルのテンポを少し落として、高域の先鋭さを少しだけ和らげた他は、ほぼ同じような印象を持ちました。力強い響きも、シューベルトの優しい音もしっかりと聞こえてきます。
今日は連続演奏会の最終日ですから、指の動きもはっきりとして三年前より演奏の骨格がしっかりとしています。男性的な響きは相変わらずで、とてもスケールの大きな演奏ですし、反面、柔らかなパッセージもシューベルト特有の天国に昇っていくような響きがしています。強打でふり落す時の決断は、素晴らしい和音が鳴り響きます。
ヤマハは、まろやかだけど、深い音色と破綻のないダイナミックなひびきで、力強い響きも聞けますが、レオンスカヤは、リスト的もベートーヴェン的でもなく過不足なくシューベルトの音楽にピッタリと沿っているのです。この曲はスケルツオだけが完成している未完の曲で、色々な人が補筆しています。穏やかな第三楽章は、D.505から引用されています。終楽章のアレグロは、狂気を含み嵐のように流れていきますが、未完で終わるところの余韻を、性急な拍手で音楽の流れが消されたのは、がっかりしました。ピアノ発表会ではないのですから、うまく弾けたから拍手をするというレベルではありません。ペダルを戻し、鍵盤から手を離し、姿勢が戻ってから、おもむろに拍手をしてもらいたいです。
ついでに言えば、よく鼓膜が破れるほどの大きな音で拍手をする人がいます。手の平を丸めて、共鳴させて数倍も大きな音を出す人がいるのです。本人は、最大級の賛辞を演奏者に自己主張しているのでしょう。隣の私は、鼓膜がビンビンと震えて、思わず耳をふさぐこともよくあります。
二曲めのさすらい人幻想曲は、色々な人の演奏で聞いています。しかし、レオンスカヤの演奏が始まった瞬間に、今日の演奏にはヤマハが合っていると確信しました。いい音です!初めてヤマハの音に納得したかもしれません。上原彩子も河合尚子も、メジューエワもどこかヤマハを弾いている時に感じる隔靴掻痒感にも似たもどかしさが全く感じず、全てが完結しています。この響きを聞けただけでも今日来た甲斐はありました。演奏のスタイルは、やはりリヒテルてきではあります。しかし、時としてリヒテルに感じる神経質な高音の響きはレオンスカヤにはありません。最後は柔な響きに身を委ねられます。その柔らかさがヤマハの音色のマッチしているのです。
休憩時間をめいいっぱい使って、ヤマハの調律が行われていました。若い人で、ピアノの扱いも丁寧で好感が持てました。調律後は、より一層内声部が充実して、幸せな音になりました。調律師の丁寧な仕事が身を結んだようです。
さて、後半は、私の大好きな960の最後のソナタです。70年代に入ってドイツ盤を購入していた時代に求めました。若い頃は、ヴィルトーゾ的なピアノに対してアレルギーがあったのですが、そうではないピアノの演奏でそれを払拭してくれた記念すべき盤です。第一楽章、第二楽章と続けて何百回聴いたことでしょう。リヒテルの演奏が身にしみているようです。演奏会でも、前回のレオンスカヤのみならず、ヤマハホールでのメジューエワや水戸でのツィメルマンの素晴らしい演奏も聴いています。
第一楽章のしみじみとした味わいが、レオンスカヤの演奏からも感じられました。中音域と高音域の淡淡とした旋律の繰り返し。突如現れる、嬰ハ短調に転調したシューベルトの音楽の怖さ。日常の普通の時間のように、繰り返している中にピアノ演奏を聴く喜びの全てがこの展開部にあります。ツィメルマンとは違った意味で、リヒテルの演奏からも自立したレオンスカヤの真骨頂を感じることができました。
この曲でピアノが好きになり、40年間ピアノ曲を聴き続けて来ました。最近は、先日のパグ太郎さんと聞き比べをしたように、購入しているCDのほとんどがピアノ曲です。リスト、ショパン、ドビッシーのいかにもピアノ曲と言える作曲家とモーツァルト、ベートーヴェン、そして一番好きなシューベルトの曲を聴くことが多いのです。
第一楽章の自らの心の探索、第二楽章の逡巡を繰り返しながら決断をしていく音の積み重ね。この音の積み重ねと、確かめるようなオクターブ高い高音の単音の繰り返しに、休み時間に調音していた響きのまとまりの良さも感じました。そのあとの、救われるような第三楽章の明るさと優しさは、レオンスカヤの演奏に気持ちを委ねる安心感に満たされます。第四楽章の自己を確かめていく弾むような旋律に気持ちも高まり、第一楽章、第二楽章とは全く違う終楽章の力強さと明るさに絶望の中で何時も光を探しているシューベルトがいました。
力強く明るく終楽章を締めくくると、はにかんだ表情にも、シューベルトの全曲を二週間にわたり引き続けてきたレオンスカヤの顔に達成感と、ききつづけてくれた熱心な聴衆への感謝の気持ちが表れていました。アンコールの一曲目は、四つの即興曲D.899の二番でした。長く引き続けてきた指へのクーリングダウンのようなスケールを優しくたどる演奏でした。そして、拍手が鳴り止まない中の最後の曲は、第三番のいかにもシューベルトらしい曲で締めくくりました。
拍手の中高揚した顔の主催者の鈴木さんが、花束を持って舞台に表れました。レオンスカヤもはにかみながら嬉しそうに受け取ります。企画した側、演奏した人ともに、全曲演奏をやり遂げた満ち足りた気持ちで満足されたお顔でした。今日はテレビカメラも入り、客層も入れ替わり、満員でしたが、一日おきに全六回行われてきた連続演奏会は、聴き通す人も少なく空きが目立った回もあったそうです。今日は、土曜日ですし一番人気のあるD.960ですから満員なのでしょう。今日の演奏は、5月31日の早朝5時から放映されるようです。
終了後、その足かけ二週間にもわたる連続演奏会に足を向け続けていたSさんと、駅構内の地中海料理屋にいき、今日の演奏の素晴らしさに乾杯しました。店内は空きがあったのですが、五時からの予約で一杯だそうで、寒いテラス席しか空いていませんでした。早速中から身体を温める赤をいただき、連続演奏会の感想をお聞きしました。拝をかさねて内側から暖まってきた我々は、レオンスカヤからリヒテルから先週のローエングリーンの演奏も含めて、音楽祭のこれからに話題は広がっていきました。テラス席にはときおり細かい雨もとおりすぎ赤ワインが丁度良かったのですが、二本目のワインが開いたとき、わたしは次の演奏会の事を考え少し控えめにしていて、別れたときもそれほど、酔ってはいませんでした。
ところが夜七時から始まったベルリンフィルのメンバーによる三重奏曲を聴き始めたら、マイルドな響きと、室内の暖かさで、酔いがしみ出してきて、第一部の最後には、心地よい酔いと睡魔と戦っていて、始めて聴いたドホナーニの曲はよく覚えていません(苦笑)。
しかし、演奏会後は、気持ちよくかえってこれましたから良い演奏会だったのでしょう。前の第一コンサートマスターだったブラウンシュタインの演奏は堅実だったのには少し驚きました。ベルリンフィルの演奏会では、大胆な演奏をするヴィオラのグロスも、とても正当的な演奏だったのは酔いながらも解りました。
今日は、レオンスカヤの素晴らしい演奏会に、ベルリンフィルのメンバーたちが祝福を捧げていたと思いましょう。私の今年の上野の春は、演奏会形式としてのローエングリーンにがっかりしたのと今日のダブルヘッダーで終わりです。来週の木曜は最後の最後になったピリスの演奏会と土曜日定例の紀尾井の定期演奏会です。金曜の夜は、新潟で一杯やるつもりなので、めずらしく新幹線での往復です。紀尾井は二日酔いでなければ良いのですが(笑)。
by TANNOY-GRF
| 2018-04-19 04:24
| 演奏会場にて
|
Comments(1)
Commented
by
TANNOY-GRF at 2018-04-24 00:55
岡山のH.Kさん
何時もお便りありがとうございます。過分なるご評価をいただき、恐縮しております。ただ、GRFの名前でブログ上で展開をしているだけなので、このコメント欄でご連絡をいただけると助かります。
H.Kさんのお便りにもございますように、確かに、東京に住んでいる人の環境は恵まれていると思います。毎日開かれている一流の音楽会に、1時間ほどで出かけることが出来る東京に住めていることだけでも、たとえば大阪と比べても大きな違いがございます。
その環境を活かして、自分の眼(耳)を信じてこれからも素敵な演奏会に行きたいと願っております。
何時もお便りありがとうございます。過分なるご評価をいただき、恐縮しております。ただ、GRFの名前でブログ上で展開をしているだけなので、このコメント欄でご連絡をいただけると助かります。
H.Kさんのお便りにもございますように、確かに、東京に住んでいる人の環境は恵まれていると思います。毎日開かれている一流の音楽会に、1時間ほどで出かけることが出来る東京に住めていることだけでも、たとえば大阪と比べても大きな違いがございます。
その環境を活かして、自分の眼(耳)を信じてこれからも素敵な演奏会に行きたいと願っております。