2015年 02月 14日
原田英代さんピアノリサイタル |
切っ掛けは、原田英代さんの書かれた「ロシア・ピアニズムの贈り物」と言う本の紹介記事でした。この本の魅力を知った私は、実際に聞いてみようと思い立ち、リサイタルを探してみました。すると、今月五反田でこの『ロシア・ピアニズムの贈り物』の本の内容をお話ししながら演奏するというもってこいの案内を見付けました。

五反田は、30年ほど前はそれこそ飲みにケーションによく来ていました。久しぶりに来ても、勿論新しいビルも建ってはいるのですが、池上線や国道一号は変わりようもなく、全体には以前の印象と変わりませんでした。今時めずらしい街なのかもしれません。国道に面して、デザイン会社が入っているデザインセンターの五階が今日の会場です。
いろいろなデザイン系の会社が集まっている、デザインセンターは外見もなかなか凝っています。この裏は、池田山と呼ばれる昔からの高級住宅街です。その山の傾斜地が後ろ側に拡がっています。私が何時もやってきていたのは、池上線沿いの下町でしたが、この東側の高級住宅地は、そのまま上がっていくと白金台ですから、五反田駅はまったく違う顔を持っているのですね。

さて、今日お聞きする原田英代さんは、ベルリンの壁崩壊後、東西交流が自由になった1990年に西ドイツの音楽大学でモスクワ音楽院のメルジャーノフ教授の教えを受けることになり、小柄で手の小さい彼女が、如何にダイナミックな演奏が出来るようになったかをはなしてくださるそうです。
会場はいつもはカルチャーセンターに使われているという細長いつくりの教室形式で、縦長の部屋の中央にピアノが置かれ、いつもの演奏会とは反対にピアノの後ろにも席が設けられ、原田さんの指使いが見られるようになっていました。ピアノはベーゼンドルファーのグランドピアノです。

会場に来られている方々は、女性の比率の方がはるかに高く、実際にピアノを弾かれているかたやピアノの先生が多かったように思えます。そう言う指導者や演奏家を対象にした説明会の様です。
構成は、著書の「ロシア・ピアニズムの贈り物」の目次に沿って行われ、ロシア・ピアニズムの歴史と特徴。恩師のメルジャーノフ先生との出会い、教えられてきたことを曲を弾きながら説明するという形式でした。前半はロシア・ピアニズムの特徴と演奏家の系図を細かく説明されました。
後半は、実際に奏法の違い、指使いの違い、ピアノに対する姿勢の違い、手首を硬くせず、膝と肘を自由に、肩の力を抜くかを説明されました。良い例と悪い例での音の違いは驚くべき事でした。説明が具体的で、詳細にわたり如何に原田さんが熟知されているかがわかり驚きました。演奏されたの順序は違うかもしれませんが以下のような曲です。さすらい人幻想曲が素晴らしかったです。
ベートーヴェン;ソナタ「テンペスト」より第3楽章
シューベルト:「さすらい人」幻想曲より第1楽章
ショパン:ワルツ 嬰ハ短調 op.64-2
チャイコフスキー:組曲「四季」より
ラフマニノフ:プレリュードop.23-4,5 他
チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):「くるみ割り人形」からアンダンテ・マエストーソ
テーマの中心は、ロシア独特の重量奏法の具体的な実現方法の説明でした。原田さんは大変小柄な方です。手もピアニストとは思えないほど小さな手です。あの小柄の身体からベーゼンドルファーがしなるような音を出されるのです。驚きでした。座った席はピアノから1メートルぐらいですから、指使いもすべて解るのですが、その重い奏法には本当に驚かされました。
またピアノという鍵盤をおせば音が出てくる楽器から、弾き方の差でいかに違いを作るかを実際に聞かせてくれました。重量奏法の実際をチャイコフスキーのピアノ協奏曲の冒頭の部分をつかって差を聞かせてくれるのです。大変面白く解りやすい説明ですね。体の使い方の説明も上手くなる場合と、問題がある音の差を聞かせてくれるのです。ピアノを習っている方にはどれほど役に立つでしょう。
原田さんのピアノの音を如何にきれいに会場に響かせるかとの説明は、オーディオマニアにも大変参考になりました。以前Toddさんと何回か杉並公会堂で演奏会の録音をしたとき、ピアノの足の向く方向で会場に響く音がガラガラ変わるのがしりました。ピアノが響く方向が足のむきで変わるのです。また、原田さんは、その足が置かれているステージの木材を叩いて良い音のするところを見付け、そこに足を置く努力もされているそうです。また、ピアノの響きを決めている一番大きな要素は、ピアニストが座っている椅子の材質だそうです。良い音がするのは、上下するピアノ専用の椅子だそうです。ただ小さいのでお尻の大きな人には向かないと会場を笑わして下さいました。良くないのは、座面が柔らかすぎる椅子だそうです。
重量奏法は2000人収容する大ホールでも一番後ろの席までしっかりと音が到達する奏法だそうです。ピアノという楽器は、鍵盤押して音が出るのではなく、鍵盤は下向きに押すが、ハンマーは上向きに動いている、そのハンマーのヘッドが弦に触れるところまで意識をして音を弾くと、ピアノは響きとなって会場に飛んでいってくれるのだそうです。
良い演奏をするためには、事前に会場に響く音を想像し、倍音を充分に響かせ、その響きを指先で感じ、体中の皮膚でその響きを感じる事が大事だと。音楽は、空間と言うキャンバスに描く時間芸術だと言われました。演奏するときには、会場の残響時間も考慮した明確な画像を作り上げなければいけなと、細密画を描くときのような繊細な筆さばきは要求されるのだと。そうして空間に描かれた波動は、聴く人の心にも同じ様な共鳴をおこし、その記憶が何年経っても心の中に響きいていくだろうと、それが良い演奏だと。機械的なアクションが弦に触れるとき、他の弦とも重なりハーモニーが生まれ、音楽が響くのだと言われています。

とても印象的で、実際に差を解りやすく演奏しながら説明してくれる原田さんのピアノに対する愛情を感じる素敵なレクチャーでした。演奏会終了後、その本を求め、サインもしていただきました。買い求めたCDからは、今日演奏していただいたシューベルトやチャイコフスキーなどの素晴らしい響きが聞こえてきました。ベルリンのイエスキリスト教会の豊穣な響きの中でも、音が混ざらず一音一音しっかりと聞こえてきます。ピアノ録音としても一流な盤だと思いました。今日の講演はピアノの演奏方法ばかりではなく、響きの問題、しいては音楽の再生方法にも大変有意義なヒントを貰いました。またピアノの響きを追求する技術的な手法が、そのまま良い音で音楽を響かせる方法論にもなっていました。オーディオ的にもとても有意義な晩になりました。

五反田は、30年ほど前はそれこそ飲みにケーションによく来ていました。久しぶりに来ても、勿論新しいビルも建ってはいるのですが、池上線や国道一号は変わりようもなく、全体には以前の印象と変わりませんでした。今時めずらしい街なのかもしれません。国道に面して、デザイン会社が入っているデザインセンターの五階が今日の会場です。
いろいろなデザイン系の会社が集まっている、デザインセンターは外見もなかなか凝っています。この裏は、池田山と呼ばれる昔からの高級住宅街です。その山の傾斜地が後ろ側に拡がっています。私が何時もやってきていたのは、池上線沿いの下町でしたが、この東側の高級住宅地は、そのまま上がっていくと白金台ですから、五反田駅はまったく違う顔を持っているのですね。

さて、今日お聞きする原田英代さんは、ベルリンの壁崩壊後、東西交流が自由になった1990年に西ドイツの音楽大学でモスクワ音楽院のメルジャーノフ教授の教えを受けることになり、小柄で手の小さい彼女が、如何にダイナミックな演奏が出来るようになったかをはなしてくださるそうです。
会場はいつもはカルチャーセンターに使われているという細長いつくりの教室形式で、縦長の部屋の中央にピアノが置かれ、いつもの演奏会とは反対にピアノの後ろにも席が設けられ、原田さんの指使いが見られるようになっていました。ピアノはベーゼンドルファーのグランドピアノです。

会場に来られている方々は、女性の比率の方がはるかに高く、実際にピアノを弾かれているかたやピアノの先生が多かったように思えます。そう言う指導者や演奏家を対象にした説明会の様です。
構成は、著書の「ロシア・ピアニズムの贈り物」の目次に沿って行われ、ロシア・ピアニズムの歴史と特徴。恩師のメルジャーノフ先生との出会い、教えられてきたことを曲を弾きながら説明するという形式でした。前半はロシア・ピアニズムの特徴と演奏家の系図を細かく説明されました。
後半は、実際に奏法の違い、指使いの違い、ピアノに対する姿勢の違い、手首を硬くせず、膝と肘を自由に、肩の力を抜くかを説明されました。良い例と悪い例での音の違いは驚くべき事でした。説明が具体的で、詳細にわたり如何に原田さんが熟知されているかがわかり驚きました。演奏されたの順序は違うかもしれませんが以下のような曲です。さすらい人幻想曲が素晴らしかったです。
ベートーヴェン;ソナタ「テンペスト」より第3楽章
シューベルト:「さすらい人」幻想曲より第1楽章
ショパン:ワルツ 嬰ハ短調 op.64-2
チャイコフスキー:組曲「四季」より
ラフマニノフ:プレリュードop.23-4,5 他
チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):「くるみ割り人形」からアンダンテ・マエストーソ
テーマの中心は、ロシア独特の重量奏法の具体的な実現方法の説明でした。原田さんは大変小柄な方です。手もピアニストとは思えないほど小さな手です。あの小柄の身体からベーゼンドルファーがしなるような音を出されるのです。驚きでした。座った席はピアノから1メートルぐらいですから、指使いもすべて解るのですが、その重い奏法には本当に驚かされました。
またピアノという鍵盤をおせば音が出てくる楽器から、弾き方の差でいかに違いを作るかを実際に聞かせてくれました。重量奏法の実際をチャイコフスキーのピアノ協奏曲の冒頭の部分をつかって差を聞かせてくれるのです。大変面白く解りやすい説明ですね。体の使い方の説明も上手くなる場合と、問題がある音の差を聞かせてくれるのです。ピアノを習っている方にはどれほど役に立つでしょう。
原田さんのピアノの音を如何にきれいに会場に響かせるかとの説明は、オーディオマニアにも大変参考になりました。以前Toddさんと何回か杉並公会堂で演奏会の録音をしたとき、ピアノの足の向く方向で会場に響く音がガラガラ変わるのがしりました。ピアノが響く方向が足のむきで変わるのです。また、原田さんは、その足が置かれているステージの木材を叩いて良い音のするところを見付け、そこに足を置く努力もされているそうです。また、ピアノの響きを決めている一番大きな要素は、ピアニストが座っている椅子の材質だそうです。良い音がするのは、上下するピアノ専用の椅子だそうです。ただ小さいのでお尻の大きな人には向かないと会場を笑わして下さいました。良くないのは、座面が柔らかすぎる椅子だそうです。
重量奏法は2000人収容する大ホールでも一番後ろの席までしっかりと音が到達する奏法だそうです。ピアノという楽器は、鍵盤押して音が出るのではなく、鍵盤は下向きに押すが、ハンマーは上向きに動いている、そのハンマーのヘッドが弦に触れるところまで意識をして音を弾くと、ピアノは響きとなって会場に飛んでいってくれるのだそうです。
良い演奏をするためには、事前に会場に響く音を想像し、倍音を充分に響かせ、その響きを指先で感じ、体中の皮膚でその響きを感じる事が大事だと。音楽は、空間と言うキャンバスに描く時間芸術だと言われました。演奏するときには、会場の残響時間も考慮した明確な画像を作り上げなければいけなと、細密画を描くときのような繊細な筆さばきは要求されるのだと。そうして空間に描かれた波動は、聴く人の心にも同じ様な共鳴をおこし、その記憶が何年経っても心の中に響きいていくだろうと、それが良い演奏だと。機械的なアクションが弦に触れるとき、他の弦とも重なりハーモニーが生まれ、音楽が響くのだと言われています。

とても印象的で、実際に差を解りやすく演奏しながら説明してくれる原田さんのピアノに対する愛情を感じる素敵なレクチャーでした。演奏会終了後、その本を求め、サインもしていただきました。買い求めたCDからは、今日演奏していただいたシューベルトやチャイコフスキーなどの素晴らしい響きが聞こえてきました。ベルリンのイエスキリスト教会の豊穣な響きの中でも、音が混ざらず一音一音しっかりと聞こえてきます。ピアノ録音としても一流な盤だと思いました。今日の講演はピアノの演奏方法ばかりではなく、響きの問題、しいては音楽の再生方法にも大変有意義なヒントを貰いました。またピアノの響きを追求する技術的な手法が、そのまま良い音で音楽を響かせる方法論にもなっていました。オーディオ的にもとても有意義な晩になりました。
by TANNOY-GRF
| 2015-02-14 11:40
| 演奏会場にて
|
Comments(7)

このレクチャーコンサート行けなくて残念でした。ふだんは暇なのにいざとなるとイベントが同じ日に集中するのが不思議です。この日はもともと、いま話題騒然たるパーヴォ・ヤルヴィ/N響+庄司紗矢香に行くつもりでリザーブしていた日。飲み会の日取り調整でそれを断念していたところへのお誘いでした。
ピアノを弾くことに、よく「打鍵」といいますが、とんでもない誤解を生んでいるようですね。ピアノの音が出る場所が鍵盤だと思い込んでいるひとも少なくない。それは聴き手だけではなく演奏者にとっても同じようです。「打鍵」の原語は、ドイツ語だそうです。英語でも「strike the keys」と言います。原田さんは、著書でこの「叩く」という言葉にダメ出しをしています。フランス語語源の「タッチ(touch)」のほうが実際の感覚に近いとのことで、こちらを使うそうです。キーを押し下げていく最後の一瞬のところでハンマーが跳ね上がる。その感覚はクラブサン(チェンバロ)と同じなのですね。
ファンのなかには音楽を過剰なまでに文学的にとらえ、造形的な努力、職人的な鍛錬や知見を軽視するいわば小林秀雄、丸山真男気取りのインテリ風を吹かせる輩が多いですが、困ったものです。
ピアノを弾くことに、よく「打鍵」といいますが、とんでもない誤解を生んでいるようですね。ピアノの音が出る場所が鍵盤だと思い込んでいるひとも少なくない。それは聴き手だけではなく演奏者にとっても同じようです。「打鍵」の原語は、ドイツ語だそうです。英語でも「strike the keys」と言います。原田さんは、著書でこの「叩く」という言葉にダメ出しをしています。フランス語語源の「タッチ(touch)」のほうが実際の感覚に近いとのことで、こちらを使うそうです。キーを押し下げていく最後の一瞬のところでハンマーが跳ね上がる。その感覚はクラブサン(チェンバロ)と同じなのですね。
ファンのなかには音楽を過剰なまでに文学的にとらえ、造形的な努力、職人的な鍛錬や知見を軽視するいわば小林秀雄、丸山真男気取りのインテリ風を吹かせる輩が多いですが、困ったものです。

GRF さま。
せんだって、さる高名なピアニストと吉祥寺のバーで同席する機会がありました。
隣の女性が「あなたの高音は綺麗なのに、なぜ他のピアニストの高音は汚いの?」というような意味のことを聞きました。
答えは「低音と同じ音量を出そうとするからじゃないかなあ」というようなものでした。不思議なことを聞くなあ、という感じでポツリと、そうつぶやかれました。
名人上手にとって、どんなジャンルでも問いに対する回答は自明な単純なものであることが多いように思います。
オーディオの答えも簡単なもののはずなのですが・・・・。
S.Y
せんだって、さる高名なピアニストと吉祥寺のバーで同席する機会がありました。
隣の女性が「あなたの高音は綺麗なのに、なぜ他のピアニストの高音は汚いの?」というような意味のことを聞きました。
答えは「低音と同じ音量を出そうとするからじゃないかなあ」というようなものでした。不思議なことを聞くなあ、という感じでポツリと、そうつぶやかれました。
名人上手にとって、どんなジャンルでも問いに対する回答は自明な単純なものであることが多いように思います。
オーディオの答えも簡単なもののはずなのですが・・・・。
S.Y
Bellwoodさん 本当に残念でした。オーディオ的なヒントの集大成みたいなレクチャーでもありました。本を買ってようやく気がついたのですが、去年の夏の集中豪雨の時、武蔵野文化会館で、聞いたバリトンのトレーケルの伴奏をしていました。2メートルに届く巨人族のような風貌のトレーケルの横で、小さな赤い服をきたピアニストの自信に満ちた音を、ようやく思い出しました。
昨年末にホールを借りてピアノの収録を行いましたが、ほんと難しい。第一楽器が何時も弾いている自身のものでないのが演奏者にはつらいですね。調律師になんどもヴォイシングを頼んでいました。鍵盤の深さや重さも微妙に違うし。誰かさんみたいに自分のピアノを会場へ運ぶ気持ちもわかります。同じ鍵盤楽器でもオルガン、チェンバロ、ピアノでは奏法がちがいます。まー当たり前と言えばあたりまえなんでしょうが。最近は現代のピアノとは別のモーツアルトやベートーヴェン時代のピアノ、所謂フォルテ・ピアノもだんだんと使われるようになり鍵盤界はますます複雑に。
s.yさん そのきれいな音を出すために、どれほどの努力を毎日重ねているか、当事者でなければ解らないのでしょう。オーディオも、どれだけの音を聞いてきたかを音はそのまま表します。結論は簡単なのですが、そこにいたる道程が。
ヨシザワさん ピアノは難しいですね。いい調律師に恵まれないと鳴らないし、またそのピアノの位置が少しでもずれると、全く音が鳴らなくなります。SPの置く位置と同じ事が起こります。ピアノの種類が増えたからと言って音楽の種類が増えるわけではないのですが。

GRF さま
そうです!まさにその通りです!
たゆまぬ努力の総量を一言などでは現せないでしょう。だから淡々とつぶやくように、答えられたのでしょう。
内心で自らの、これまでの鍛練の道筋を振り返られていたのではないかと・・・。
S.Y
そうです!まさにその通りです!
たゆまぬ努力の総量を一言などでは現せないでしょう。だから淡々とつぶやくように、答えられたのでしょう。
内心で自らの、これまでの鍛練の道筋を振り返られていたのではないかと・・・。
S.Y