2017年 11月 20日
イリーナ・メジューエワ ショパンの二つのソナタ |
18日の土曜日は、イリーナ・メジューエワの上野の文化会館でのデビュー20周年記念リサイタルの二回目、ショパンのピアノソナタ第二番、第三番を中心とした演奏会でした。家を出たら、ぽつりぽつりという感じになってきました。前回は時間ぎりぎりだったので、少し余裕を持って家を出ました。会場で手渡す物があったので、めずらしく鞄を持ちました。ところが、そちらに気を取られてチケットを忘れたことに駅に着く前に思い出し、引き返してとりに戻りました。余裕を持って出て良かったのですが、一つ持つと一つ忘れる、典型的な老人力が強化されています。
それでも、会場には開演前に到着しました。何時も思うのですが、小ホールは二人しかチケットを切る人がいないので、小ホールの上り坂の途中の斜めの通路で待たされます。あれはほとんど老人の聴衆には結構きつい物です。最初の内だけでも四人にすれば、列は解消するのですが、、、列が解消するまで15分ほど表にいました。前回は夏でしたが、もう木々も彩り、季節の移りを感じさせます。
前回の第一回はベートーヴェンの後期のピアノソナタでしたが、今回は彼女の一番すきなショパンの演奏会です。先日メジューエワが書いたピアノ曲の解説書を買いました。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ショパン、リスト、そしてムソルグスキーの名曲について実にわかりやすく、またとても深いピアノ演奏技術、そしてその音楽の解説を丁寧に行っている新書です。内容を見るととても充実していて、900円の新書で出る内容ではないのですが、そこが彼女の真摯な対応ですね。ピアノ曲について、音楽全般について、彼女がどのように感じ、勉強して技術もそうですが、音楽の本質に迫っていくのかも読んでいくとかんじて驚き、感嘆します。
編集者とご主人の鼎談を、一人称形式に書き換えた物ですから、とても深い内容をわかりやすく説明されています。演奏を聴いているだけではなく、ピアニストからみた曲の構成や弾き方の難しさも伝わってきます。何よりも彼女がどれほど深く譜面を読んでいるか、なぜ演奏会でもスコアを読んでいるかが解ります。
前回のベートーヴェンのことについても、ベートーヴェンは4声構造の弦楽四重奏をイメージして作曲されていると言います。メロディと伴奏ではなく、和音の動きがあって、それが織りなす縦糸と横糸の線の組み合わせでピアノ曲も作られていて、時として四つの声部の動きやハーモニーを優先するので、ピアノ曲としては弾きにくいところがあるのだそうです。その点、ショパンの曲はどんなに難しい曲でも手にとって自然に書かれている手に優しく書かれているのです。
ショパンについては、一般的な女性的なロマンチックなイメージではなく、メジューエワにとっては、厳格で、古典的な極めて男性的な作曲家で、ロマンティストだけど現実主義者で英雄的な性格も強い人だそうです。その意味ではベートーヴェンの精神性にも負けていないのです。その通りの音が、彼女の演奏から聞こえました。
今日の席はまえから2番目は変わらないのですが、先日は左側、今度は右側です。列の脇なので、目の前は何もなくピアノが目の前です。メジューエワの美しいお顔も目の前の特等席です。さて今日のCD-135はショパンをどのように響かせるのでしょうか?
五つのマズルカは、彼女にとって慎重に選ばれた曲なのでしょう。マズルカは、優しくも懐かしい曲調です。聴くと何かほのぼのとしますが、出だしの曲として最適です。しかし、優しいばかりの演奏ではありません。優しい中にも瞬間に一閃するような鋭さも感じたのです。それは、二曲目のイ短調17-4からも感じられました。ロシアンピアニズムなのでしょうか、演奏に緊張感が引き詰めてもいます。真剣を使って舞を行っているよう感覚です。メジューエワの演奏はスリル感があります。それでもマズルカは牧歌的な、優しさや暖かさ時としてユーモラスも感じる曲です。
次のソナタ第二番は『葬送」とも呼ばれている曲でした。テーマはショパンの中でも一番解りやすい曲なのかも知れません。「死」がモチーフだからです。時々見えていた程度の真剣さと真正面から向き合います。メジューエワの演奏の特徴は、楽譜に対して忠実であると言うことです。その為に、記憶に頼るのではなく常にスコアを見ながら弾くスタイルです。前回のベートーヴェンの時は、その楽譜が見えるぐらいの位置でしたから、彼女が見ているスコアの動きに目が行ってしまい、聴くことがおろそかになったような気がしました。
今回は、右側で彼女がどれほど頻繁に楽譜の詳細を確認しているかが解りました。彼女は本の中で、ショパンの細かの指示が好きだと告白します。206頁には、スコアに書き込まれている微妙なテンポの指示や、同じ旋律を繰り返して弾くときでも、その都度フォルテシモの大きさが微妙に変わる様など、楽譜を掲載して説明しています。その微妙なさが、ショパンの表現の深さ、豊かさ、広さになっているのだと、だからその細かな作曲家自身の指示を確認しながら弾いているのです。
メジューエワを聴くのは、今日で四回目になりますが、このような微妙な弾き方をしているのは実感として解ります。それが、譜面に忠実な彼女の演奏スタイルを作っていると感じるからです。キャンバスに色をつけるとき、グラデーションをつけて表現することにより、色彩の奥行き、繊細さを違えて表現できます。音でも同じ音一つ弾くときにも、二十種類もの変化をつけて練習しなさいと、ショパンは練習曲の中で言っているのだそうです。
そういう本を読んでから聞く、ピアノソナタ第二番は、ピアノ・フォルテという楽器が持っているダイナミクスを余すところなく表現し尽くしていると、演奏を聴きながら思いました。メランコリックに走るのではなく男性的なこの曲を、しっかりと強い意志で弾ききるという、彼女の内に秘めた力が見えるような演奏です。葬送の行進曲を弾くマーチのリズム、表情を描写するレチタティーヴォ、旋律から表れてくるコラールの響き、それらが旋律の中から立ち上がってきます。教会でバッハを聴いているようにも感じました。壮大な3楽章の葬送の行進曲の後に、何時も思うのは第4楽章の不思議です。今日の演奏もその点を出していました。
休憩で、一旦外に出て見ました。小ホールのバルコニーはたばこを吸う人で一杯になるからです。表は冷たい雨が降っています。演奏の興奮で、すこしほてった頬には丁度良い雨でした。
席に戻ると、前回と同じように調律を行っていました。前回のベートーヴェンでは、前半の音が少し狂い気になってはいたのですが、今日はそれほどは感じませんでしたが、後半の響きを聞いたら、やはりまとまっていました。雨の日や弾いているメジューエワのようせいもあるのでしょう。スコアを綿密に読む力と同じように、ハーモニーを生み出す響きの整合性にも彼女は気に掛けているのだと思いました。
後半最初の曲の「子守歌」は、眠りにつく曲ではなく、次のソナタのための指の練習曲のようにも聞こえました。ショパンの曲はそういえば皆そうなのですが。この曲の作品番号は57番です。そして、今日のメイン曲でもあるピアノソナタ第三番の58番へと続くプロムナードでもあるのですね。ピアノソナタ第三番は奥行きのある、深い演奏でした。今日の白眉でしょう。第2楽章のゆったりとして指の運びは、心の練習曲みたいだと思いました。この曲の詳細については、またいつか語りたいと思います。
アンコールは、マズルカの有名な曲でした。ミケランジェリの演奏でも耳に慣れ親しんだ曲でした。2曲目はちょっとはにかんで、でも嬉しそうに嬰ハ短調のエチュードを弾きました。エチュードとしては一番優しい曲ですが、音楽的には情緒あふれる名曲です。彼女の中では、今日のプログラムのなかで弾きたい整合性があるのでしょう。そして、今日の最後は、マズルカのハ短調です。演奏を終わった彼女の顔は、ベートーヴェンの時の顔より、良い日を送れた様に満足そうでした。
日時:2017年11月18日(土)14:00開演
会場:東京文化会館 小ホール
出演:ピアノ:イリーナ・メジューエワ
「ショパンの二つのソナタ」
第一部
五つのマズルカ 嬰ハ短調 作品 6-2、イ短調 作品 17-4、変ロ短調 作品 24-4
ホ短調 作品 41-2、変イ長調 作品 41-4
ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品「葬送」
第二部
子守歌 変ニ長調 作品 57
ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品 58
アンコール
マズルカ イ短調 作品 67-4
エチュード 嬰ハ短調 作品 25-7
マズルカ ハ短調 作品 30-1
by TANNOY-GRF
| 2017-11-20 04:47
| 演奏会場にて
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