2018年 02月 27日
メジューエワのリストとラフマニノフ |
土曜日の午後は、イリーナ・メジューエワの上野の文化会館でのデビュー20周年記念リサイタルの三回目でした。今日は、リストとラフマニノフの演奏会です。久しぶりに穏やかな日で、上野駅はお花見のように混雑しています。
何時ものように、すこしはにかんだ顔で入ってきて、椅子に腰掛け、儀式のように椅子の位置を前に少しずつ引き寄せます。そして教会で祈るように上を向き祈るのです。そして慎重に、でも決断を持って第一音を鳴らします。今日の第一曲のリストの告別は、ピアノの音の調音みたいな曲です。演奏が開始した時の会場のザワザワした感じをなだめる、前触れのチャイムのように聞こえました。そして騒音を立てていた人の咳も治まってきたようです。
突然、鉈を振りかざしたようなロ短調ソナタが、始まりみるみる疾走していきます。1925年製のNYスタインウェイの響きは、夏のベートーヴェンの時も、11月のショパンの時も、その特有の響きと曲がかえってマッチしていない気がしていました。ところが今日のリストやラフマニノフは、楽器が変わったように音が合います。楽器の音色、ダイナミックレンジがピッタリ合っているのです。時代の整合性なのでしょうか、ロ短調ソナタの気合いと間合いは、走り始めた複雑なリストの旋律には、この音色が合っていると思いました。
最初に名古屋でメジューエワを聞いたときの興奮が戻ってきました。前回のショパン、その前のベートーヴェンの後期のソナタ、昨年三月のヤマハホールのシューベルトでは感動はありますが、最初に名古屋で聴いたときのような裂帛の気合いは感じませんでした。真剣を抜いて向かい合った剣士のように、譜面と向き合うのです。その眼は瞬きもせずに譜面を見つめたまま、鍵盤を見ずに演奏していきます。鍵盤を見るのはフレーズの弾き始めに指の位置を確認するときだけです。リストやラフマニノフの複雑な旋律を、ブラインドで弾いていくのです。どれほどの修練があったのでしょう。
通常のピアニストは、楽譜を暗記して、自らの指使いの順番を確認するように鍵盤を見つけて演奏します。メジューエワは反対ですね。勿論、曲は暗記しているはずですが、必ず、それを譜面に確認して弾いていくのです。その作曲家に忠実な真摯な姿勢が、人々に感動を伝えるのでしょう。
ロ短調ソナタは、昨年来、いろいろな演奏家で聴いてきました。繰り返し様々な演奏家で聴いていく内に、この複雑な曲の構成や展開にどんどん入って迷路のなかをさまよっているようになりました。その中で、メジューエワの演奏は、ダイナミックスは大きいのですが、迷いはなく、そのまま心の中に入ってきます。良い演奏でした。この曲だけでも、今日来た甲斐はありました。
休憩です。今日は知っているお顔は誰もいませんでした。この演奏を聴かないのは、もったいないと思いました。
第二部は、メトネルの素朴なピアノ曲です。忘れられた、でも忘れられない故郷の曲が並んでいます。二十年以上日本で暮らしているメジューエワの中にも響いている故郷の曲なのでしょう。でもこの曲は素朴で優しいばかりではありません。熱い思いも時々吹き返してきます。しかし、正直、私は、リストの他の曲やラフマニノフを聴いた方が良いなと思っていました。
続く、ラフマニノフのピアノソナタ第二番も私の好きな曲です。リストのロ短調ソナタはCDではでていますが、演奏会で弾くのは初めてだそうです。ラフマニノフの第二番はCDでも演奏していないので、今日の演奏会の録音が初めてのようです。1931年版での演奏です。
プログラムに書かれた曲目は、シンプルで4曲だけでした。私が、去年から聞き続けているリストのロ短調とラフマニノフのピアノソナタ第二番がメインでした。ところが、第三部構成と行っても良いぐらい、アンコール曲は、何と五曲も演奏されました。
第一部
リスト:告別(ロシア民謡)
ピアノ・ソナタ ロ短調
第二部
メトネル:「忘れられた調べ」より (5曲)
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調Op.36(1931年版)
アンコール
ラフマニノフ:音の絵 Op.33-2
メトネル:おとぎ話し Op.26-1
ラフマニノフ:楽興の時 Op.16-4
リスト:夢の中に
リスト:エステ荘の噴水
充実したアンコールでした。会場の拍手に答えて、少しはにかんだチャーミングな顔で五回も楽譜を持って出てきてくれました。最初の二曲はラフマニノフのピアノソナタの興奮を抑える為に弾かれたように思いましたが、ラフマニノフの楽興の時とリストのエステの噴水は、気合いが入っていました。両方とも、アンコールで弾くような曲ではありません。アンコールではなく三部構成の演奏会のようです。「楽興の時」はすばらしく、それを静めるために「夢の中に」を弾いたのだと思っていました。そうしたら、その後から、巡礼の年 第三年から大曲のエステの噴水ですから、驚きました。そして素晴らしい演奏でした。
演奏が終わったら、万雷の拍手とブラボーが飛び交いました。今日の午後、この場にいられた方は幸せだと思いいます。録音されていますが、通常の録音方法ですから、エネルギー感が出るか少し心配です。自然なバランスですが、前から三列目、中央の席で聴いていた私の感動が再現できるか、半年後を楽しみにしましょう。
久々に感動した演奏会でした。
by TANNOY-GRF
| 2018-02-27 23:44
| 演奏会場にて
|
Comments(2)
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by
パグ太郎
at 2018-02-28 17:01
x
素晴らしい演奏会だった様ですね。
曲とピアノメーカーの相性というお話がありますが、メルニコフの新譜、Four Pieces, Four Pianosを聞いたばかりでそれを思い起こしました。シューベルトをグラーフのフォルテピアノ、ショパンをエラール、リストをベーゼンドルファー、ストラビンスキーをスタンウェイで弾くという趣向です。ピアノの音色と機能差に耳が行って肝心の音楽に集中できないという本末転倒でした。
アンコール、凄く豪華で、きっと本人も乗っていたし、観客との一体感もあったという事でしょうね。
曲とピアノメーカーの相性というお話がありますが、メルニコフの新譜、Four Pieces, Four Pianosを聞いたばかりでそれを思い起こしました。シューベルトをグラーフのフォルテピアノ、ショパンをエラール、リストをベーゼンドルファー、ストラビンスキーをスタンウェイで弾くという趣向です。ピアノの音色と機能差に耳が行って肝心の音楽に集中できないという本末転倒でした。
アンコール、凄く豪華で、きっと本人も乗っていたし、観客との一体感もあったという事でしょうね。
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TANNOY-GRF at 2018-02-28 20:41
パグ太郎さん
メジューエワの演奏会は、今回で五回目でしたが、初回の名古屋と今回の三回目が素晴らしかったです。NYスタイウェイとのマッチングもピッタリで、曲のダイナミックスと演奏・ピアノの持つ性能がマッチした希有な例でした。
何よりもメジューエワの清冽な音の響きと、ロシアンピアニズム特有のデモーニッシュな構成が、彼女の音楽の幅と深さに繋がり、音楽に対する真摯な決意とその持続を実感しました。
ぜひ、聴いてみて下さい!
メジューエワの演奏会は、今回で五回目でしたが、初回の名古屋と今回の三回目が素晴らしかったです。NYスタイウェイとのマッチングもピッタリで、曲のダイナミックスと演奏・ピアノの持つ性能がマッチした希有な例でした。
何よりもメジューエワの清冽な音の響きと、ロシアンピアニズム特有のデモーニッシュな構成が、彼女の音楽の幅と深さに繋がり、音楽に対する真摯な決意とその持続を実感しました。
ぜひ、聴いてみて下さい!