2020年 01月 31日
サロネン・フィルハーモニアのマーラー第九番 |
前日の大雨の中、まだ空いていたら行ってみようと決断したのは、先日、西宮で感心したサロネン・フィルハーモニアの最終公演です。最終日にサロネン得意のマーラーを聞き逃すと、当分、いや一生聞けないかもと思いました。ヤンソンスのマーラーの七番を聞き損なったこともあったからです。まして第九番です。
今回、来日したフィルハーモニアの演奏会は全部で五回行われました。三日目の西宮と四日目の池袋は「春の祭典」と「火の鳥」が変わりますが、庄司紗矢香さんのショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲は変わりません。
① 東京芸術劇場:シベリウス ヴァイオリン協奏曲・「春の祭典」
② 東京文化会館:「火の鳥」・「春の祭典」
③ 西宮芸術劇場:ショスタコーヴィッチ ヴァイオリン協奏曲第一番・「春の祭典」
④ 東京芸術劇場:ショスタコーヴィッチ ヴァイオリン協奏曲第一番・「火の鳥」
⑤ 東京芸術劇場:サロネン「ジェミニ」・マーラー交響曲第九番
雨の前日、予約サイトに行くとまだずいぶんと席が残っていました。でも、いつもは私は東京芸術劇場は余り行きません。改装前にあった5階から一気に落ちてくるエスカレーターは怖かったし、実際危険だったからです。でも、一番の理由は音が悪かったからです。ホールは余裕のある大きさなのに、席が狭く、定員ばかり大きくしたからでしょう。音の響きが鈍く、残響が多いのがかえって弱点になっていたからです。
東京都の施設ですから、文化会館と同じに都響のフランチャイズですが、定期で一番使っているのは、読響でしょうか。同じ演目をサントリーと池袋でやっても聞きに来られる客層が明らかに違うのも面白いモノです。今日の二階正面のロイヤル席は、評論家の先生で埋まっていました。私の席は、そこより右側の一段上がった中央寄りです。全体を見渡せてまあまあの席ですね。この会場は、一階は弦楽器、二階は管楽器のバランスがなります。三階の前の方が良いのかもしれません。もっとも、力の無いオーケストラだと三階席までは届きませんが(苦笑)。
今日の前半は、指揮者サロネンが、作曲家サロネンを演奏する自作自演のプラグラムです。今日後半のマーラーもそうでしたが、作曲家と指揮者を両方する人は少なくなりました。バーンスタインとかブーレーズを思い起こします。今日演奏されるのは「ジェミニ」と呼ばれるよく似た「ボルックス」と「カストール」という双子の曲が演奏されるそうです。実際に聞くと元気な曲で、アメリカのオーケストラ向きだと思いました。実際解説を後から読むと、ロス・アンジェルスの依頼で作られた曲だそうです。
第一部が終わると、次の長大なマーラー第九番に備えて、各階の男性用トイレは長蛇の列になります。先日の西宮より長いのは中に入るとわかりました。数が少ないのです。倍ぐらい合っても良いのでは無いでしょうか?15分間の休憩では、間に合わないほどです。二回目の改装が緊急で必要ですね(苦笑)。
ギリギリで戻ってくると、ステージ上はオーケストラが目一杯並んでいます。先の改造で、ステージを前方に1メートル伸ばせたので、余裕が感じられますが、サントリーホールですと、前の奏者は落ちそうなほどですね。ミューザはステージが低いのでまだ安心してみていられますが、コンセルトヘボウなどは前に落下防止用のロープが張られているほど、近代のオーケストラ曲、リヒャルトシュトラウスやマーラー、ストラヴィンスキーは人数が多いです。
先程とは打って変わり、ステージ上はマーラーの大曲を前に空気が張り詰めてきました。指揮者がおもむろにタクトを下ろすと、おなじみの暗いシンコペーションの弱音からはじまり、ミュートの掛かった特徴のある金管楽器が渋い音を出すのが印象的です。大地の歌の第六曲で歌われる「Ewig・・」というつぶやきが聞こえてきます。先ほどまでのアメリカ風のサウンドとは打って変わって、ヨーロッパの暗い冬の姿に引き込まれます。音のバランスが良く、全員が自信をもって、なおかつ気合いを入れて演奏しているのがわかります。何事もそうですが、全員のハーモニーから構成されるオーケストラの演奏は、その気持ちの一体感、共有感が大切です。
大太鼓が一閃して、全オーケストラの強奏がはじまります。そのきつい音でさえなんだか懐かしい感じです。おそらくオーケストラのピッチがヨーロッパ型の442Hzでは無く、アメリカと同じ440Hzのピッチだと思います。コントラバスの響きがたっぷりと聞こえるのもその所為かもしれません。シカゴのようです。その落ち着いた音で私は好きです。オーケストラはどんどん盛り上がり、長大な第一楽章の深い森に分け入っていきました。
サロネンの響きは、誰にも似ていません。彼特有の音がしてきます。テンポはゆったりと歌わせるけれど、スタイルは楷書書きだと思います。少し大きめの筆だけれど、情緒に流されるのでは無く、堂々と叙事詩的に演奏していきます。だからといってインテンポでは無く、歌わせるところは充分歌わしています。棒振りがしっかりとブレず、音の出だしがぴったりと揃います。常に僅かなリードを保ち、オーケストラの方向をしっかりガイドしているのです。
イギリスのオーケストラは、一体にホルンセクションが充実しています。フルハーモニアのホルンはロンドン交響楽団の様には重くはないのですが、しっかりとした重量感で、ブレずに音の筋道をしっかりと立てていきます。対応するトロンボーン、チューバ群も負けじと、分厚い音を出してきます。トランペットは、自信たっぷりのティンパニーに寄り添い、打楽器的なリズム感をしっかりと確立するのです。
フォゴットの下支えもよく、クラリネットも、オーボエもフルートの少し古風な音色とあいまって、全く破綻を見せません。たっぷりめのピッチのハープも低音部の音の充実がよく、全くミスの無い打楽器と同じように重要なリズムを刻んでいくのです。
そして、第三楽章の奈落に落ちるような音も、終楽章の分厚い弦楽器のしっかりとそろい、また強風に揺さぶられる牧草のように大きく揺れて、その風のうねりが実際に弓の上げ下げとボーイングにより弦楽器全体がうねりをあげています。素晴らしい光景ですね。弦の強さは、ベルリンフィルのような厚みさえ感じます。ベルリンよりピッチが低いですから、中低音の充実感が堪りません。第二ヴァイオリンの低音部、ヴィオラの存在、チェロの高原の爽やかさ、そして、しっかりとリズムを刻むコントラバスの格好よさ。最後にその上で全員がスケートを踊っているような第一ヴァイオリン群。18型でステージ一杯に展開した弦楽器群が嵐の中を行く帆船のようにうねっています。
これぞオーケストラを聴く喜びですね。音の静けさ、音の深刻さ、深遠さは、バイエルン・ヤンソンスの方が静かな感動を与えてくれましたが、かってのレニングラードフィルのような大編成のオーケストラを聴く喜びは、このフィルハーモニアから聴けるとは思ってもいませんでした。サロネンの情熱、正確なバトン捌き、それに十二分に応える完璧なオーケストラ。一時間半にも及ぶ演奏を通じて、一回の瑕疵もありませんでした。聴いている聴衆も最弱音になるとプレッシャーに負けて咳をする人を除くと、ほぼ2000人が固唾をのんで聞き入っていました。その聴衆の質の高さにも感銘したし、聴衆の皆さんと共演できたと、オーケストラの人たちも、日本の音楽ファンの質の高さが伝わっていると思います。
終楽章、最後のマーラーの息が消えていく、天に昇華していく魂の音が、天井に消えていき、サロネンのタクトが下がるまでの長大な時間、私の鼓動が20回打つ時間、皆さんの心が一体化していたと思います。本当に、聞きに来て良かったと感じた演奏会でした。
これで、サロネンは、関係は残したまま、サンフランシスコの首席になります。そして、このフィルハーモニアの次の指揮者は、来月エーテボリ響と一緒に来るロウヴァリがなるそうです。若いのにとってもしっかりした指揮をするようです。そちらも楽しみですね。
by TANNOY-GRF
| 2020-01-31 18:38
| 演奏会場にて
|
Comments(10)
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リウー
at 2020-01-31 18:53
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私も行きました。久しぶりの芸術劇場。
エスカレーターは改装されていたんですね。もっと長かったのではと感じていました。
第一楽章から、一体化された素晴らしい響でした。
第一楽章は、少し、ゆっくりかなと思いましたが、それからは、引き込まれて聴いていました。
第四楽章の所々に現れる静寂に、ホールの全員が、引き込まれていたと思います。
第四楽章が終わってからの聴衆の沈黙の長さは、感動の深さを表して居ると思いました。
本当に素晴らしかったですね。
エスカレーターは改装されていたんですね。もっと長かったのではと感じていました。
第一楽章から、一体化された素晴らしい響でした。
第一楽章は、少し、ゆっくりかなと思いましたが、それからは、引き込まれて聴いていました。
第四楽章の所々に現れる静寂に、ホールの全員が、引き込まれていたと思います。
第四楽章が終わってからの聴衆の沈黙の長さは、感動の深さを表して居ると思いました。
本当に素晴らしかったですね。
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TANNOY-GRF at 2020-01-31 19:32
リウーさんも行かれていたのですね!良かったです。知っている方は、三人でした。こんなに素晴らしい演奏を共有したかったと、終わったとき探しましたが、エスカレーターには乗らないし、副都心線で帰るので、知っている人には会いませんでした。昨日の演奏は、本当に完璧でした。経験が共有できて本当に良かったです。
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TANNOY-GRF at 2020-01-31 19:58
リウーさん
西宮でも、今回の池袋でも、コントラバスの音が素敵でした。家でもとおもい、左右の間隔を1センチ詰めて、低域をしっかりと出しました。これから微調整ですね。
西宮でも、今回の池袋でも、コントラバスの音が素敵でした。家でもとおもい、左右の間隔を1センチ詰めて、低域をしっかりと出しました。これから微調整ですね。
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パグ太郎
at 2020-02-01 00:04
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GRFさん
感動が伝わってくる様です。これも聴き損なってしまいました。サロネンは着実に巨匠への道を辿っていると思います。DGも美人ソリストの協奏曲伴奏ばかりさせていないで(これはこれで嬉しいのですが)、もっと色々やらせれば良いのにあまり力が入っていないというのは、ひがみでしょうか。
感動が伝わってくる様です。これも聴き損なってしまいました。サロネンは着実に巨匠への道を辿っていると思います。DGも美人ソリストの協奏曲伴奏ばかりさせていないで(これはこれで嬉しいのですが)、もっと色々やらせれば良いのにあまり力が入っていないというのは、ひがみでしょうか。
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TANNOY-GRF at 2020-02-01 00:26
パグ太郎さん その通りですね。サロネン・フィルハーモニアの組み合わせのCDはほとんどありません。今回のマーラーはそのままCDにしてほしかったです。一切録音はされていませんでした。先日のショスタコーヴィッチと春の祭典は、NHKの収録があったそうですが。
今回の感動を記録に書けて良かったです。面白いもので、芯に当たったホームランのように、力が入らなくても音楽の感動が自然に書かせるのでしょう。
今回の感動を記録に書けて良かったです。面白いもので、芯に当たったホームランのように、力が入らなくても音楽の感動が自然に書かせるのでしょう。
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椀方
at 2020-02-01 09:04
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どうしても外せない法事さえ無ければ西宮北口での公演ご一緒出来たのですが、このような深い感動を与えてくれるような演奏会、本当に滅多に出会えませんね。
しかし、いつもながら、GRFさんのフットワークの軽さ、決断の速が、このような僥倖を引き寄せたのでしょうね。
羨ましく思います。
しかし、いつもながら、GRFさんのフットワークの軽さ、決断の速が、このような僥倖を引き寄せたのでしょうね。
羨ましく思います。
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TANNOY-GRF at 2020-02-01 09:43
フィルハーモニアの演奏会をわざわざ西宮まで聴きに言ったのは、今一度あのホールの音をしっかりと味わいたいと言うことと、東京芸術劇場の音響がいまいちなのと、何よりも入場料の大きな差です。15000円と23000円です。どうしてこの違いが出るのでしょう。西宮は県立でしょうが、池袋も都立です。招聘元の戦略というか、音楽愛好家層の違いによる競争の論理でしょうか?
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紙部
at 2020-03-16 09:37
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初めまして、SACDとCDの差について調べていたらこのサイトがヒットしました。
レコード会社(古い言い方)の知り合いからプロモートした読響のブラームスの1番の東京芸術劇場での録音のサンプル用SACDを頂きましたので聞いてみましたが、Timpani の音の籠りが気になりました。東京芸術劇場はポディウムがステージの最後部の打楽器エリアにオーバーハングしているのですね。なぜこういう設計になったのかわかりませんがこのホールの音響の弱点の原因の一つかもしれません。フィルハーモニアの音は好きですね。以前(かなり昔)、ロンドンのロイヤルフェスでコンドラシン指揮の演奏を聴きましたがやはりホルンがよく響いていました。
レコード会社(古い言い方)の知り合いからプロモートした読響のブラームスの1番の東京芸術劇場での録音のサンプル用SACDを頂きましたので聞いてみましたが、Timpani の音の籠りが気になりました。東京芸術劇場はポディウムがステージの最後部の打楽器エリアにオーバーハングしているのですね。なぜこういう設計になったのかわかりませんがこのホールの音響の弱点の原因の一つかもしれません。フィルハーモニアの音は好きですね。以前(かなり昔)、ロンドンのロイヤルフェスでコンドラシン指揮の演奏を聴きましたがやはりホルンがよく響いていました。
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TANNOY-GRF at 2020-03-16 10:47
サロネン指揮 フィルハーモニアの演奏会が放送されます。
クラシック音楽館 NHKEテレ 5月3日午後九時〜
エサ・ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団演奏会 バイオリン…庄司紗矢香
ラヴェル「組曲「クープランの墓」」
シベリウス 「バイオリン協奏曲 ニ短調 作品47」
パガニーニ 「「うつろな心」による序奏と変奏曲 から主題
(バイオリン)庄司 紗矢香
ストラヴィンスキー「バレエ音楽「春の祭典」」
2020年1月23日 東京芸術劇場
ベートーベン「交響曲第7番 イ長調 作品92から 第4楽章」
2017年5月21日 横浜みなとみらいホール
クラシック音楽館 NHKEテレ 5月3日午後九時〜
エサ・ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団演奏会 バイオリン…庄司紗矢香
ラヴェル「組曲「クープランの墓」」
シベリウス 「バイオリン協奏曲 ニ短調 作品47」
パガニーニ 「「うつろな心」による序奏と変奏曲 から主題
(バイオリン)庄司 紗矢香
ストラヴィンスキー「バレエ音楽「春の祭典」」
2020年1月23日 東京芸術劇場
ベートーベン「交響曲第7番 イ長調 作品92から 第4楽章」
2017年5月21日 横浜みなとみらいホール
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GRF
at 2020-05-10 23:06
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コロナの特別番組で、一週間遅れて5/10に放送されました。1/23日の演奏ですね。結局、この一月末のフィルハーモニアと二月あたまの紀尾井室内が、今シーズン最後の演奏家になってしまいました。、