2025年 09月 18日
カーチュン・ウォン/日本フィルのマーラー 第六番 |
今日は、カーチュン・ウォン/日本フィルのマーラー 第6番です。土曜日の2時からの公演です。開場は1時10分からなので、家をお昼過ぎに出てきました。まだ夏ですが、さすがに一時ほどの猛暑はさり普通の夏の気候です。四谷で南北線に乗り換え長いエスカレータを降りていく時も、ひと月前のお盆の時のような暑さは感じませんでした。今日は100分を超える長丁場ですから、事前の給水は最低限にしないと大変です。老人力を重ねると、演奏会を聴くにも修行になってきます。
座った席はやはり15年前のハイティンク・シカゴの時とほとんど同じ席でした。あれから、15年も経っているのかと少し感慨にふけました。早く席に座ったので、演奏前の楽曲紹介が始まりました。前回の大宮でもありましたが、直前に余計なことを知っても仕方がないので、一旦廊下に出て、待っていました。その解説も15分前には終わり、舞台上では、例によってコントラバスの人たちがチューニングを兼ねて音出ししていました。すごく深い音です。よく見るとコントラバスが三列になっています。どうやら10人いるようです。これは期待が持てるかもしれません。反対に通常の8人体制だったシカゴの低弦群は凄かったのでしょう。
今日の低弦の響きは、ミューザで聴くベルリンフィルのように低い音域を復習っています。期待が増し嬉しくなってきました。時間前に、団員が入ってきました。今日はステージいっぱいです。歩く通路も狭いので、少しづつ入場してきます。一階席なのでオーケストラ全体を俯瞰して見れませんので、正確には数が数えられませんが、4管編成以上の管楽器の構成に、ハープやチェレスタも2台づつ参加しています。
多種多様な打楽器を鳴らすために横いっぱいに打楽器奏者がいるのも壮観です。そしてこの曲はティンパニーも二台構成です。小さめなサントリーホールではステージに乗るギリギリの編成でしょう。後から写真で数を数えたら110名を超えていました!ステージ上の通路もいっぱいで、団員がスタンバイすると指揮者が通路を縫いながら入場してきました。四ヶ月ぶりのカーチュン ウォンさんです。若くて元気そうでいいですね。
指揮者が力強くタクトを振り下ろすと、10台のコントラバスが唸りを上げて、力強くリズムを刻む音が鳴り響きました。これは凄いですね〜。想像以上の迫力のある出だしです。一気にカーチュン・ウォンの世界に引き摺り込まれます。コントラバスばかりではなく、ヴィオラもチェロも、そしてヴァイオリン群も一体となって、マーラー特有の暗いリズムを刻むのです。でもなんという一体感、迫力でしょう。冒頭だけで、心を掴まれられた演奏です。そして分厚い金管の咆哮が、マーラーの世界への重い扉を開きます。
今日のウォンさんは、タクトを持っていません。それでもあたかもタクトがあるように右手は天を指し、左手はオーケストラを鼓舞します。体の動きが、通常の指揮者の倍ぐらいあるように感じます。そのエネルギーをもらった迫力のある管楽器は金管楽器ばかりではありません。木管も一体となってマーラーの暗い内声部を支えます。木管も低音楽器まで、何名いるのでしょう。各セクション4名以上で並んでいます。私の席からは、弦楽器の影になって金管楽器が何名いるのかわかりません。トランペットだけでも数名はいます。ホルンは9名見えます。
特筆すべきは、エリック・パケラの強烈なティンパニーの音です。前回の5番では、他の打楽器を担当していましたが、力強く、リズム感にあふれた演奏には驚かされます。クリストフォーリのトランペットは、自信にあふれトランペット群を引っ張ります。ファンファーレが勇壮ですね。そして、信末硯才のホルンは、ホルンはこう鳴るべきだという音を今日も安定して出しています。この金管を聞きにくるだけで、価値があります。このような金管楽器の安心した音は、日本のオーケストラからは滅多に聴けません。
この一連のマーラー 演奏から、日本のオーケストラ の新しい世界が開けたのではないでしょうか。ホルン、トランペット、トロンボーンが整うとこれほど音が変わるものか、いつも不安を抱えてオーケストラを聞きにくる、在京の愛好家が全員、この日フィル・カーチェンウォン の演奏を体験すべきだと思います。お金を払って演奏会まで来ている熱心な聴衆のためにも、最低限音を外さない演奏はプロとしては当たり前なのではないでしょうか?日本のオーケストラのサウンドで、サントリーホールが飽和するという外国のオーケストラでは当たり前だった現象がようやく出現しました。音楽を、音でも楽しめるようになったのでしょう。
第二楽章は、勇壮なティンパニーの強打から始まりました。今日の二楽章はスケルッオですね。この順番がいいと思います。この楽章はティンパニーがリズムを刻みどんどんと前進してくいくところが好きです。カーチュン・ウォンのテンポは、ゆっくりだけど、とても力強いリズムを刻んで、決意を持って前進します。ゆっくり演奏をするので、音楽の構成やハーモニーがよくわかり、オーケストラの色調の変化がよくわかるのです。
第三楽章の静かだけれど、一つ一つのソロ楽器の旋律のやりとりも見事です。弱音のホルンとイングリッシュホルンとの掛け合い、漆黒の闇の中から浮かび上がってくる、複雑な弦楽器の響き、聞いていると陶然として来ます。コンサートマスターの田野倉雅秋の安定した演奏スタイルも音楽を安心して聴ける要因でしょう。静かな情景の中に、カウベルを持った打楽器奏者が、右と左の舞台裏に回り、遠くから聞こえるカウベルの音を鳴らすところも素敵でした。
終楽章冒頭の、チェレスタとハープの音は大好きです。チェレスタの人達は、演奏前から何回かこの冒頭のアルペジオを練習していました。ハープと一緒に音が開くと、玉手箱が開いたような感じです。ヴァイオリンが高域を目指し、ティンパニーはまた迫力ある音を響かせます。このティンパニーだけを聞きに来ても十分満足でしょう。マーラーやブルックナーがいいでしょうね。深く沈潜した音の中から、トロンボーンとホルンの狂おしい音も聞こえます。
この終楽章は、ホルン奏者もトロンボーン奏者も演奏が大変です。狂乱の戦場が静かになると牧歌的なカウベルの音が象徴的に遠くから響いてくるのです。ブラス全体が再び狂乱の渦に巻き込まれると、ハンマーが振り下ろされました。いつもグシャという音が潰れる音がするのですが、今回は大きな音でドーンと会場中に響きました。ハンマーが効果的に鳴らされたのです。
しかし、この第6番の終楽章はいつも聴くたびに心苦しい感じになります。特にテンシュテットの演奏にはなかなか向かい合えません。でもカーチュン・ウォンの演奏は、そう言うおどろおどろしい部分がなく、純粋に音楽的に向かい合えます。演奏スタイルは常に沈着で、純粋に音楽だけがスケールが拡大していくのです。シンバルが一閃 強打するときは、ティンパニー奏者以外の6名が一斉に鳴らしたのです。私は5名しかわかりませんでした。でもびっくりしましたね。
マーラーの曲には、エピソードが多く、特に恋多き妻の関心を得るためにマーラーはいろいろなことを行っていたのですが、感情的にならず、ゆったりとしたテンポから、音楽のハーモニーをよく描き出しているカーチュン・ウォンの演奏は、クレンペラーの演奏みたく細部の隅々まで、純粋に音楽的、またオーディオ的に聴ける気持ちの良い演奏家です。
日本のオーケストラに技術的な絶望感を与えられ続けて来た、古くからの音楽ファンに思い込みを捨てて、純粋に音楽的にマーラーの交響曲と向かい合える千載一遇のチャンスが来ていることを、声高に言いたいですね。この秋から定期会員になられたY2さんと出口で待ち合わせをして、今日の演奏に乾杯しました。美味しかったです!
by TANNOY-GRF
| 2025-09-18 17:13
| 演奏会場にて
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Comments(2)
この熱量がこもったblogを拝読しただけで、演奏がどれだけ凄かったのかが解りますね。
椀方さん ありがとうございます。演奏の印象は、日を追うことに難しくなって来ます。演奏会場で聞いていた純粋な音楽が、印象という言葉に変わるとき、何かを失います。カーチュン。ウォンさんと日本フィルの組み合わせは、全く違うオーケストラのようです。椀方さんもぜひお聞きください!次のマーラーは来年の4月だそうですが、少し苦手な8番なのです。



